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zoom RSS 死刑制度廃止に思う

<<   作成日時 : 2013/12/13 14:50   >>

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人権団体や宗教団体等が声高に死刑制度の廃止を叫ぶ機会を耳にする。

人それぞれの価値観や宗教観考え方があるので,全ての考え方や主張に対し

て頭から否定するつもりは毛頭ない。

が・・・しかしである。

現実的な観点に立って考えて見る時、我が国日本の法律、特に刑法であるが

明治中期に作られ、基本的部分はそのままで今日に至っている。

そして問題はその量刑部分であるが、最高刑が30年に限定されている。

即ち何人もの人を殺しても、たったの30年で出所ができるのである。

ましてや無期懲役ともなれば、模範囚の場合は10年そこらで出所となる。

そして殺人は一人では死刑とならず、3人以上の殺人が死刑基準といった

例の永山基準とか言うのも、全く理解に苦しむのである。

この辺が極めて現実的な欧米の刑法では、量刑も厳しく累進がされ最高刑が

100年や300年と言った懲役刑判決も決して珍しい判例ではない。

更に、日本の死刑に順ずる無期懲役(刑期を定めない?)と言った極めて曖昧

な懲役刑ではなく、死刑制度に代わり終身刑を取り入れている国も多い。

この終身刑についても、死刑制度に取って代わる制度としてしばしば論議がされて

いるが、先般のテレビ討論で、或る政治家が終身刑などと言う極めて野蛮で非

人間的な制度は断じて認める訳にはいかないと主張していたのには、大変に驚か

された。

元来、日本人の気質には儒教的な要素が多く含まれていて、その代表的な言葉

が良く聞かされる『罪を憎んで人を憎まず』である。

一見聞こえの良い様な言葉であるが、落着いてよくよく聞いてみれば極めて曖昧で

意味不明な表現なのである。

人権団体や弁護士界はひたすら殺人を犯した犯罪者の人権ばかりを主張するが

一方で殺された人間の人権は一体どうなってしまっているのでろうか?

彼ら、彼女たちはお墓の下から叫びたい事が沢山あるに違いない。

しかし悲しいかな、最早叫ぶことは出来ないのである。


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